ニュースリリース

全仏からのお知らせ

現下、国内外の情勢が大きく移り変わる中で、宗教がらみの戦争や大規模テロの勃発が相次ぎ、国内では少子高齢化や核家族化が進み人心の荒廃など様々な問題が山積しております。

こうした問題に対して、各種声明・意見書・要望書を提出及び発表しております。

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加盟団体からのお知らせ

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加盟団体へのお知らせ

本会の活動を全国のご寺院・所属団体の皆様に広報するため、加盟団体で発行している各機関誌等へ本会記事『全仏だより』の掲載にご協力頂いております。
各団体より要望がございました、過去の『全仏だより』、また最新の『全仏だより』を掲載をさせて頂きます。

また、今後はホームページ上でよりタイムリーなお知らせの掲載も予定しております。

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大会・会議・記念事業開催のお知らせ

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過去に開催した大会・会議・記念事業の報告

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救援活動

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国際交流

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広報活動

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声明・談話・要望書

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共催・後援・協力

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イベント情報

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ジャワ島中部地震~SVAからの報告~

2006年6月13日 救援活動  

社団法人 シャンティ国際ボランティア会(SVA)は、本会が運営委員と企画委員を出している仏教NGOネットワーク(BNN)の一端を担っているNGO団体です。SVAより、ジャワ島中部地震についての現地視察を受けて、SVAの泰・鈴木両氏より報告が届きました。 レポートは現在9回がリリースされており、下記HPで全文がご覧になれます。 http://www.jca.apc.org/sva/aid/java/java.html 以下に一部概略を掲載させて頂いております。 ジャワ島中部地震支援事業 プレスリリースVol.2 2006年6月13日発行 2006年5月27日(金)、午前5時54分(日本時間27日午前7時54分)ジョクジャカルタから南方約16Kmの地点で、マグニチュード6.3の地震が発生しました。 この地震による犠牲者は約6,000名にのぼり、約30万人が住む場所を奪われました。 この地震に対してSVAは地震発生から3日後の5月29日(月)に調査団を派遣することを決定し、6月2日(金)から本会職員の秦と鈴木(晶子)の両名が現地入りしました。 被災地の状況 ジョクジャカルタに降り立った私たちの目に飛び込んだのは、地震によって屋根が崩れ落ちた空港のターミナルでした。空港の建物も大きな被害を受けているも のの、地震の翌日からフライトの運行を再開した空港内は国内外からの援助関係者や現地の人たちで溢れていました。私たちは空港でTANDA BACA(タンダ・バチャ)という現地NGOのスタッフと合流し、早速被災地へ向かいました。 ジョクジャカルタ特別州の人口は約300万人で、州内には世界遺産にも登録されているプランバナン遺跡やボロブドゥール遺跡などがあります。ジョクジャカ ルタ市内は、人口60-80万人の観光都市です。市内から車を走らせること約1時間、震源地から10kmほどしか離れていないバントゥール県パンドン郡、 パンジャンラジョ村のグレンブ(Nglembu)地区を訪問しました。発災以前、約1,000名いた村人のうち、約1割の143名が地震の犠牲となってし まい、特に被害の大きかったグレンブ地区では、154戸の建物全てが全壊しました。 村に到着するとパンジャンラジョ中学校の教員であるスミドさんが村の中を案内して下さいました。スミドさんは村のあちこちを指差して「ここでもお年寄りが 逃げ遅れて命を落としました。あっちの家も、です。」と説明してくれました。村人の多くは、瓦礫の中から家財道具を何とか寄せ集め、自宅近くの農道にシー トをかぶせただけの簡易テントを張って寝泊りをしていました。 この村の村長のグナディ・ウィボウさん(36歳)は、「食糧は何とか1週間分は確保できた が、テントや生活必需品、瓦礫撤去のための工具が足りない。また、学校に早く戻れるように、子どもたちのための学用品も何とかしたい。」と話してくれまし た。 SVAの支援 当会は、現地NGOの"TANDA BACA(タンダ・バチャ)"と"SHEEP(シープ)"(双方の団体ともジョクジャカルタが拠点)を通しての支援を実施します。 1.「被災者に対する緊急救援物資の配布(食糧、テント、瓦礫撤去用工具など)」 2.「被災児童並びに学校への物資配布(制服、学用品、文房具、教科書、黒板など)」 3.「子ども・青少年の心のケア活動(地域での伝統音楽などの文化活動)」 4.「被災児童のメンタルケア(心理カウンセリングチームによるトラウマヒーリングなど)」 現段階で以上の4点を救援活動の柱としていますが、今後もパートナーの2つの団体と協議を重ねながら、現状に適した支援の実施に努めていきたいと思います。 救援基金へのご協力のお願い 本会では、国内外における災害救援や人道的支援に対し、緊急且つ迅速な対応をすべく「救援基金」を常時開設しております。 今回、「ジャワ島中部地震」に際しましても、既に、「救援基金」より、インドネシア大使館へ100万円・日本赤十字社へ100万円、並びにBNN(仏教NGOネットワーク)へ200万円を寄託いたしております。 また、7月17日には、ジャワ島南西沖においても地震・津波が発生し、現状、260人以上が亡くなり、行方不明者は160人を超え、2万3000人以上が避難生活を強いられていることが伝えられております。 今後も状況を見据えた上、現地の被災者救援活動を支援いたします。 つきましては、加盟団体・各御寺院・仏教徒の皆様、そして、宗派・宗教を超えて、皆様の暖かい浄財を下記口座までお寄せ頂きますようお願いいたします。 記 郵便振替口座 口座番号:00110―9―704834 口座名義:全日本仏教会救援基金 お問い合わせ 財団法人 全日本仏教会事務総局 電 話 03-3437-9275 FAX 03-3437-3260 救援活動及び基金の寄託先に関しましては、HP及び機関誌『全仏』上にて順次報告・公開を行っております。
パキスタン地震救援活動

2005年10月18日 救援活動  

2005年10月8日に発生した、パキスタン北東部カシミール地方・インド国境近くで発生した地震に関しての救援活動のご報告です。 2005年10月18日 今回の災害に対して「救援基金」より、10月18日にパキスタン大使館、仏教NGOネットワーク(BNN)へ、各100万円を寄託いたしました。 シャンティ国際ボランティア会(SVA)よりの活動報告 2005年11月1日 10月8日パキスタン北東部で発生した地震は、現在死者5万4000人、負傷者7万6000人、住居喪失者300万人といわれている。(※データは当時) SVAでは、地震発生からの3日後の10月11日、アフガニスタン事務所から2名、日本から14日に関尚士氏(SVA緊急対策室長)ら2名が現地入りし、調査を開始。 被害の中心は、震源地の山岳地帯で、現在も道が寸断され、重機や物資がまったく届いていない地域が多いという。支援活動としては、10月24・25日の両 日、震源地にほど近いシンキャリ地区マンセラの学校を拠点に、緊急物資「ホームキット」(鍋・コップ・油・米・毛布など)を201世帯に配付。物資配付に 先立ち、必要としている人に確実に届くようチケットを事前に配付した。また、現地の多くの学生たちが支援に協力した。 スマトラ沖地震と比べると、世界的にみても報道や募金が極端に少なく、国連の復興支援活動資金目標額、5億5千万ドルに対し、確実な入金は1億1千万ドル、20%相当しか集まっていない。 SVA東京事務所 電話:03-5360-1233 http : //www.jca.opc.org/sva/
スマトラ島沖地震救援活動

2005年1月23日 救援活動  

2004年12月及び2005年3月に起こったスマトラ島沖地震、及び地震による津波により起きた地震に関して本会が行った、救援活動のご報告です。 世界仏教徒連盟(WFB)本部でスマトラ沖地震津波犠牲者への追悼法要厳修 2005年1月23日(日) タイ・バンコクの世界仏教徒連盟(WFB)本部で、『インド洋沿岸津波犠牲者追悼法要』が営まれた。 法要にはWFB本部関係者、被害を受けた国々の大使をはじめ政府関係者、内外の救援団体の代表、WFB、WFBY(世界仏教青年会)、WBU(世界仏教徒大学)の地域センター代表、タイ国内の国連と関連団体の代表、マスコミ関係者など16ヶ国より約300名が参集した。本会からは、壽山良光国際文化部長が参列し、哀悼のメッセージを日本語と英語で奉読。本会からは既に100万円を同基金に寄託しており、目録をワナメッテイ会長に贈呈した。 スマトラ沖地震津波犠牲者追悼に代表団をタイ国へ派遣 2005年5月7日 タイ国政府より4月12日付書面で本会に対し、昨年12月26日発生したスマトラ沖地震による「アンダマン海沿岸の津波犠牲者追悼法要」への要請がありました。この要請に応えるべく、本会は、藤井日光会長ご宗派である日蓮宗に追悼法要への出仕をご依頼いたしました。藤井会長が居られる日蓮宗総本山久遠寺より一山のご協力をいただく事ができ、本会の追悼団として現地に派遣いたしました。 井上団長を導師に20名が出仕し、厳粛且つ慈悲に満ちた法要を厳修。導師の追悼文が奉読され、日本語、タイ語と英語に訳されたメッセージを読んだ現地の日本人会の女性は、肉親を亡くした悲しみを抑えきれず地に伏して慟哭。法要後、井上団長が代表して本会と久遠寺よりタイ国政府と世界仏教徒連盟(WFB)に対して各200万円ずつの義援金の目録を贈呈し、復興への一助となるようにと言葉を添えた。 インド洋津波犠牲者三回忌追悼法要厳修 2006年12月26日 2006(平成18)年12月26日午後1時30分からタイ国プーケット県カマラビーチにおいて「インド洋津波犠牲者三回忌追悼法要」を本会会長名代として日蓮宗伊東隆司伝道局長一行18名によって行われた。 本会より奈良慈徹社会人権部長が法要団として参加。慰霊之碑の開眼に引き続き、追悼回向が行われ、途中、参列の遺族らが献香と献花を行った。また、この催しを知った神奈川県西湘高校の有志20余名が、前夜一所懸命に折った千羽鶴を捧げた。
第21回WFB世界仏教徒会議/仏教青年会会議

2001年12月5日 過去に開催した大会・会議・記念事業の報告  

2001年12月5日(水)~11日(火) ターラホテル(タイ国バンコク) タイ国バンコクで第21回世界仏教徒会議が開かれる次回は平成14年にマレーシアで開催を決定 全日本仏教会 国際委員長 松涛 弘道 世界仏教徒連盟の創立五十周年を記念して、第21回WFB世界仏教徒会議およびWFBY(仏教青年会)会議が同連盟本部のあるタイ国バンコクのター ラホテルで、12月5日から11日までの1週間にわたり、「仏教とグローバリゼーション」のテーマの下、盛大に行われた。この会議には世界19ヵ国から加 盟64団体、約500名の代表およびオブザーバーが参集し、わが国唯一の加盟団体である全日本仏教会からは、大谷暢顕会長(真宗大谷派門首)以下60余 名、および全日本仏教青年会代表が参加した。 12月5日、世界仏教徒連盟会長はじめ同連盟執行委員と、わが国からの参加者が一堂に会して合同晩餐会をバンコク市内のインペリアルクイーンズパー クホテルで行い、お互いの親睦を深めた。6日、市内の文化センター会議場において開会式が行われ、タイ国首相臨席の下、開会宣言がなされ、各国元首の祝辞 と共に大谷会長が祝辞を述べた。 合同晩餐会での大谷暢顕会長(右) Phan Wannamethee WFB会長(左) 会場へ入場行進する全仏代表団 7日、主会議場である、ターラホテルで総会および全体会議が行われ、新加盟団体への証書授与や各加盟団体の祝辞、事業報告がなされた。 8日、同所に於いて会議参加者は、9分科会に別れて前回のオーストラリアでの会議以来、直面する各種問題を討議し、釈尊の生誕地ルンビニー開発事業についてネパール側の経過報告がなされ、夕刻から迎賓館で行われたタイ国首相主催の歓迎晩餐会に臨んだ。 9日、世界仏教徒連盟本部会議場において、タイ国教育相および同国僧伽最長老猊下の臨席の下、世界仏教徒大学の開学式が開催され、引き続き「現代お よび未来へ挑戦する世界仏教徒大学の使命と役割」と題する基調講演がスリランカ国連大使グルゲ閣下およびタイ国王立研究機関元事務局長チョンプラサー氏に よって行われた。 各国から参加した代表団 夕刻からは隣接するベンチャスリ公園の野外湖畔会場にて同仏教徒会議の閉会式および歓送会が行われ、次期大会開催地マレーシアの代表へ大会旗を引き渡し、各国からの舞踊や歌唱の余興が披露された。 10日、同公園特設会場にて参加比丘への記念品贈呈式が行われ、引き続き、バンコク市郊外にある25万人収容の広大なダルマカーヤ寺院に移動し、約3万人参集した同信徒との交歓会に望んだ。 11日にすべての会議が終了し、大会参加者は一週間にわたる主催国の歓待と盛り沢山のプログラムの感慨を胸に秘めて、それぞれ帰国の途についた。 バンコク市内の各所に国王の肖像画が掲げられた 世界仏教徒連盟が今から50年前の1950年にスリランカで創立されて第1回会議が開催以来、隔年おきに世界各国で開かれ、わが国でも1952年お よび78年の2回にわたり東京と京都で開催されている。今回の会議に出席して特筆すべきことは、このバンコク会議は創立五十周年の節目にあたるところか ら、連盟本部のあるタイ国では、仏教が国教でもあり、その威信にかけても同会議を盛大に、且つ意義あるものにしたいとう意気込みが感じられた。そして会議 期間中は現国王の72歳の誕生日にあたるところから、街の至る所に満艦飾の電飾に輝く国王の肖像画が掲げられ、祝祭気分が高揚した週間でもあり、各国から の参加者は仏教と仏教徒である国王への国民の尊崇振りを直接肌に感じる貴重な経験を得たことと思われる。 私個人の感想としては、2年に1度世界各国の仏教徒が一同に会して、お互いの親睦と情報交換をするという会議のイベント的意義や価値もさることながら、今回は20世紀最後の総括と、来る21世紀を展望する特に記念すべき年でもあったことである。 この機会にタイ国政府の援助によって、国連大学と同様な趣旨の世界仏教徒大学が開学して、その施設が既に皇居に匹敵する広大なバンコク郊外の景勝地 ブッダモントーン公園内に設立され、また、草の根的に大衆の力によって創建されたダルマカーヤ寺院では、毎日曜日に数十万の僧俗仏教徒が一同に会して礼拝 するという実践活動を行っている。 世界的に混迷の時代にあって、仏教国タイでは、21世紀は「今こそ仏教の出番」と世界に向けて積極的に活動、発信する、このような時代を先取りする試みや敬虔な仏教徒の姿を目の当たりにして、新しい時代の黎明を痛感させられた次第である。 全仏誌466号より 本稿著者・松涛弘道、国際委員長(右)と西村輝成事務総長
第38回全日本仏教徒会議・新潟大会

2001年10月10日 過去に開催した大会・会議・記念事業の報告  

2001年10月10日(水) 長岡グランドホテル 2001年10月11日(木) 長岡市立劇場 第38回全日本仏教徒会議・新潟大会が平成13年10月10日(水)、11日(木)の両日、「わたしのいのち あなたのいのち 尊いいのち MyLife,YourLife,PreciousLife」を大会スローガンとして新潟県長岡市で開催された。 長岡グランドホテルでの分科会 10日は、長岡グランドホテルで、3分科会が開催された。第1分科会「いのち」では、真言宗豊山派僧侶で医師の田中雅博師が、実践的立場から生命倫 理と仏教の問題を講演。第2分科会「教育」では、文部科学省教科調査官の押谷由夫氏が、「自己の生命を見つめ、感謝する心と大志をはぐくむ子どもを育てよ う」をテーマに講演。現代における道徳教育の重要性を強調した。第3分科会「環境」では、真宗大谷派僧侶で医師の北澤幹男師が、開業医の立場から環境問題 を人の心と関連させて講演した。 各分科会とも多くの参加者からテーマについて活発に意見が出され、大会テーマの「いのち」について様々な角度から考察が深められた。終了後、同所で懇親会が開催され、内外からの来賓が挨拶を行い盛会であった。 田中雅博師 押谷由夫氏 北澤幹男師 11日は、午前中長岡市内の視察・観光が行われ、一部の参加者は長岡西病院にあるビハーラ病棟を見学し、ビハーラ僧の谷山洋三師らから運営状況などの説明を受け、仏堂や談話室などを見学した。 長岡西病院ビハーラ病棟見学 午後1時から、長岡市立劇場で記念式典が開会。 長岡市立劇場での記念式典 石上智康本会理事長から、中村啓識大会会長(新潟県仏教会会長・本会副会長)へ大会旗が渡され、続いて大谷暢顯本会会長を導師に、記念法要が荘重に 勤められた。法要の最後に導師より「心の平和」「世界の平和」「いのちの尊さ」を人々に伝えることを仏陀に誓う表白文が読み上げられた。 大会旗を新潟県へ 中村啓識大会長 続いて、大会テーマ「いのち」を音楽と映像により表現する朗読「葉っぱのフレディ」、地元の悠久太鼓による「響けいのちの大地」が上演され、参加者 に大きな感動を与えていた。次に、大会総裁の大谷暢顯本会会長の挨拶、石上智康本会理事長による宣言(日本仏教者からの平和への願い)、中村啓識大会会長 の挨拶、平山征夫新潟県知事(代読)、森民夫長岡市長の来賓祝辞と続いた。また内外からの多くの来賓が、満場の拍手のもと紹介された。 大谷暢顯会長 石上智康理事長 森民夫長岡市長 次に堀井博長岡市檀信徒会会長が、み仏の慈悲の心をひろめ人類の幸せと世界平和に努力することを趣旨とする決意宣言を読み上げた。休憩をはさみ、豊 原大成師(浄土真宗本願寺派宗会議員、全日本仏教会元常務理事)が「いのちの灯」をテーマに記念講演を行った。師は、「いのちを良く生きること」その大切 さを、自身の様々な体験の中から、身近な例を挙げてわかりやすく講演し、聴衆は熱心に耳を傾けていた。最後に大会実行委員長の春日浩三師(長岡市仏教会会 長)が閉会の辞を述べ、2日間に亘る大会は幕を閉じた。 堀井博檀信徒会会長 豊原大成師 春日浩三師 また、大会の一環として、10月9日(火)~11日(木)長岡市厚生会館小ホールで名僧墨跡展が開催され、加盟団体より広く寄せられた揮毫に来場者 は見入っていた。また、10月10日(水)~14日(日)長岡商工会議所美術ホールで、本大会協賛「良寛さんと信仰の書」展が開催され盛況であった。 名僧墨跡展
財団創立40周年記念大会 第37回全日本仏教徒会議 開催

1997年10月16日 過去に開催した大会・会議・記念事業の報告  

1997年10月16日(木) 兵庫県立文化体育館(神戸市長田区) 全日本仏教会の財団創立40周年記念大会並びに第37回全日本仏教徒会議が、10月16日、兵庫県立文化体育館(神戸市長田区)で開催された。この体育館が会場に選ばれたのは、長田区が震災の中心地で、被害が最も大きい地域だったためである。 快晴に恵まれたこの日、正午の受付開始を待たずに、市内の各仮設住宅から被災者の人たちが続々と集まり始めた。今回は、特に仮設住宅での生活を余儀なくされている被災者を元気付けるため、ボランティア関係者の協力を得て、大型バスでの送迎が行われた。 阪神・淡路大震災物故者追悼法要 会場の兵庫県立文化体育館をうめた多数の参加者 午後1時、約1,500人の参加者を前に、白幡憲佑理事長(当時)が開会挨拶、仏教徒会議の大会旗返還につづいて、高井隆秀会長(当時)を御導師 に、阪神・淡路大震災物故者追悼法要が、厳粛に営まれた。智山雅楽会による楽の音が、会場に響き渡り、壇上をうめ尽くした各宗派の袈裟・衣を身にまとった 随喜出仕者が、読経を始めると、さしもの広い体育館も、荘重な雰囲気に包まれた。 埼玉県佛教会江連会長よりの大会旗返還 記念法話をされる成田有恒浄土宗宗務総長 追悼法要に続き、成田有恒浄土宗宗務総長が「供養の力」というテーマで法話。供養の持つ意味とその大切さを話された。休憩時間をはさんでの清興は、 初めに柳屋とし松師匠が独楽や傘を用いた伝統芸を披露し、続いて三遊亭小円歌師匠が、継承者の少ない女流三味線漫談で会場を大いに湧かせた。続いて、落語 協会会長の三遊亭圓歌師匠は、会場を爆笑の渦に巻き込む大熱演で、仮設住宅からの参加者も、その笑いの中に元気の源を得たようだった。 厳粛に営まれた法要 最後に、神戸市仏教連合会の衣笠諦道会長が閉会の辞を述べて記念大会は閉幕となった。また、入り口近くのロビーでは、大会の間、被災者の手作り品の展示即売コーナーが設けられ、多くの人でにぎわっていた。 柳家とし松師匠 三遊亭小円歌師匠 三遊亭圓歌師匠
財団創立40周年記念シンポジウム 「仏教とボランティア活動について」

1997年10月16日 過去に開催した大会・会議・記念事業の報告  

1997年10月16日(木) 兵庫県立文化体育館(神戸市長田区) 財団創立40周年記念大会の行われた10月16日当日、午後2時20分より、兵庫県立文化体育館の1階小ホールで、「仏教とボランティア活動につい て」をテーマに記念シンポジウムが行われた。会場には、加盟団体関係者のほか一般のボランティア関係者など各方面から多くの人々が訪れた。 司会に、曹洞宗国際ボランティア会専務理事の有馬実成師を、また、パネリストには、高橋卓志(臨済宗妙心寺派神宮寺住職)、奥田正叡(日蓮宗常照寺 副住職)、上田紀行(東京工業大学助教授)、神田祐(カトリック鷹取教会主任神父)の各師をお願いした。各パネリストからは、実際の救援活動の経験談と 様々な問題点、仏教ボランティアの教理的な位置づけなどが提議された。それに対して、聴衆の一般参加者からも多くの建設的意見が出され、今後の仏教者とし ての課題が多く浮き彫りにされた。 兵庫県立文化体育館の一階小ホールで開催されたシンポジウム
財団創立40周年記念事業 阪神・淡路大震災追悼碑建立法要

1997年10月15日 過去に開催した大会・会議・記念事業の報告  

1997年10月15日(水) 須磨寺(真言宗須磨寺派大本山) 10月15日、真言宗須磨寺派大本山須磨寺で、阪神淡路大震災物故者追悼碑建立法要が行われた。 追悼碑は本財団創立40周年記念事業の一環として、多くの震災犠牲者を追悼するため、7月より須磨寺境内に建立が進められていたもの。基壇を合わせて高さ3.3メートルの石造で10月初旬に完成した。碑には本会加盟団体代表の染筆も納められている。 除幕された高さ3.3メートルの追悼碑 当日は午前11時に碑の除幕の後、本会高井会長(当時)を御導師に、須磨寺有縁ご寺院方出仕のもと法要が厳修され、参列者焼香へと続いた。本会白幡 理事長(当時)の挨拶の後、特に建立にご協力頂いた大本山須磨寺と中野石材株式会社に、白幡理事長(当時)より感謝状が贈呈された。その後、須磨琴保存会 が「神戸復興讃歌」等2曲を一絃琴で演奏し、12時前終了した。 白幡理事長(当時)より大本山須磨寺へ感謝状贈呈 須磨琴保存会による一絃琴の演奏
財団創立40周年記念事業 協賛 下関から「ふぐ鍋」三千食出張提供

1997年10月15日 過去に開催した大会・会議・記念事業の報告  

1997年10月15日(水) 須磨寺(真言宗須磨寺派大本山) 神戸市長田区の御菅(御蔵・菅原)地区は震災で特に被害の大きかった所で、現在も仮設住宅が多く残り、完全復興までには様々な障害がある。10月 15日、御蔵通り5丁目の共生共創センター「もやい」を会場に、下関唐戸魚市場株式会社(松村久専務理事)協賛のもと、本財団創立40周年記念事業の一環 として「ふぐ鍋」三千食分の出張提供がおこなわれた。 前日、下関で仕込みを済ませたふぐを満載したトラックは、5人の有志の手によって早朝の神戸に到着。多くの仮設ボランティアの皆さんの協力を得て準 備は順調に進み、12時から提供が始まった。近隣を中心に手に鍋などの容器を手にした多くの人々が集まり、用意した三千食のふぐは瞬く間になくなった。 また、身体の不自由なお年寄りなど、会場へ赴けない人のもとへは、ボランティアの手によって二百食余りのふぐが届けられた。 「まだまだ、物心両面の支援は必要です。こうした神戸での出来事に、日本の皆さんが少しでも共感を持ち、自分の課題として捉えていただければと思います。」ボランティアの1人がこう話してくださった。 大鍋で早朝から準備が行われた 開始の12時には多くの人が列を作った
財団創立40周年記念式典レセプション

1997年9月23日 過去に開催した大会・会議・記念事業の報告  

1997年9月23日(水) 大本山 新神戸オリエンタル・ホテル(兵庫県神戸市) 記念大会の式典は、会場を新神戸オリエンタル・ホテルに移して、午後5時半から開催された。最初に白幡理事長(当時)の主催者挨拶が行われ、玉沢徳 一郎自民党組織本部長(橋本竜太郎総理代理)、チャロン・ウイスモル世界仏教徒連盟(WFB)副会長、笹山幸俊神戸市長、林田英樹文化庁長官、上田卓三部 落解放同盟中央執行委員長、溜水義久兵庫県副知事、広瀬静水日本宗教連盟理事長の各氏から、次々に祝辞が寄せられた。 その後、この記念大会開催に、特段のご協力いただいた大本山増上寺、仏教伝道協会、の3団体に、白幡理事長(当時)から感謝状が贈られた。阪神・淡 路大震災「仮設」支援NGO連絡会には、併せて義援金も贈られた。次に、高見寛康兵庫県仏教会会長の発声で乾杯が行われ、約300人の参加者による和やか な懇談がつづいた。そして午後7時半、荒川正憲事務総長の閉会挨拶で、全ての日程を終了した。 祝辞をのべるチャロン・ウイスモル世界仏教徒連盟副会長 (財)仏教伝道協会へ感謝状贈呈